ふーん、おまえもか?
久しぶりに面白くない本に出会ったので、他の方はどういった感想を書いているのだろうかと思い検索してみると・・・
意外にも(って言い方は失礼だが)高い評価をされている方がいてビックリした。
ただ、持たれた感想としてはボクも含めて皆同じ。
その対象を面白く感じるか?否か?で評価が極端に違う。
ボクにとって、それがただ端に面白くなかった。
ただそれだけなんだろう。
例えば・・・
続きは↓ココから↓
■っで、宣言は?
本書は「スローブログ宣言」というタイトルが何故付けられたのかわからないぐらい、何も宣言していないしスローさもない。
書かれているのは、著者が「はじめに」の冒頭で
本書は鈴木芳樹というライターがブログ(正確には「はてなダイアリー」)を利用するようになってから、現在(2005年5月)までにブログ上で経験した出来事をまとめた、一種の自叙伝的なエッセイだ。と言っているように、まさにそのまんまで、プロのライターということが特に感じられない普通の一般1個人が経験してきた「はてなダイアリー」伝。
これを面白いと思うかどうか?が評価の分かれ目。
ボクは自叙伝というよりも、小学生が書いた大半粗筋の読書感想文+最後に作り手が思ってほしい感想が素直に書かれている。って感じ。
普通の一般一個人が個人の領域を出ることなく「はてな」を中心に自分が経験してきたことを淡々と語る。その経験について特筆する意見や感想もなく語り、大勢の人が流れるように流れた変容が書かれている。
■お金をもらう責任感
これを読んで「面白い」と思える人がどれだけいるのだろう?
同じ時を歩んだ人が「あぁそういうことあったなぁ」と懐かしみながら読むって人ぐらいしか、面白いと思いにくいんじゃないかと思えてしょうがない。
って書いたら、「教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書」が興味深かったからそんなことないんじゃないの?って思われるかもしれない。
それに、レベッカ ブラッド氏の「ウェブログ・ハンドブック―ブログの作成と運営に関する実践的なアドバイス」も同種と言えばそうである。
だが、決定的に違う点を感じる。
それは、お金をもらって書いているという気持ちがあるか?という責任感。
「教科書には載らない〜」は、公共性が高く客観的な歴史データが膨大に掲載されており、まさに「Net考古学者」向けのバイブル的書籍で、あれだけの資料がまとまっているという尽力だけでも十分払う価値がある。
「ウェブログ・ハンドブック」はブログの本当に初期から見てきて、誰よりも早く今後のブロガーが経験するであろう体験をいち早く受けた先駆者としての意見と興味深い視点、そして翻訳された方がとにかくうまかった。
そういう意味で、文章としての魅力に十分払う価値があった。個人的にはあの一風変わったカッコいい書籍体裁だけでも払う価値があった。
対してこの本。
どこに価値があるのか、ボクには見つけられなかった。
■わざわざ本にする価値
ブログは、誰にも強制されず、あくまで自分がやりたいからやっている方が多いだろう。
だから著者が言わんとする「スロー」(自分のペースで、自分の気持ちの赴くままブログを楽しむ)に何の否定的要素もない。
が、わざわざ本にしてまで言うことでもない。
申し訳ないが、世間はそこまでアホではない。そんなこと百も判ってはいる。判っているけどできていないのが悩みであって、「知らない」ということでない。
世間が知りたいのは、その先であったり、その方法論であったり、もっと強く「コレでいいのだ!」と思わせる説得力なのではないだろうか?
ここで書かれているような「オレも君と同じだったよ」と特に有名でもないライター(著者がそう言っている)が言ったところで、「ふーん、おまえもか?」の域は出ない。狢が一匹増えただけ。
■表紙でこんだけ言っといて、そりゃないだろう!
それに輪をかけて悪くしているのは、このタイトル。
『スローブログ宣言』これだけ書いておいて、「オレも君と同じだったよ」ってそりゃないだろう!と言いたい。
多数派の意見や新技術に振り回されることのない、ブログとの「スロー」な付き合い方を提案します。
新たな視点のブログ論の登場!
何時から本編(=表紙が期待させた内容)が始まるんだ?と終始思いながら読み進んだ。
■ブログと書籍というメディアの違い
本は面白いかどうか?全て自分で読まないとわからない。それには金銭と時間を消費する。だから一種の賭けでお金を払う気持ちもある。
「お金をもらうという責任感」と先に書いたが、
別の言い方をすると「ブログと書籍というメディアの違い」
とも言えると思う。
つまり、
ブログは間違ったことを書けば後日訂正すればいいし、思考の途中であったとしても公開することでその先を見つけられたり・・・という良い意味で普段の責任感から開放されて自由に書けるメディアだと思う。
対して書籍は訂正も難しく、結論を求めて出版社と著者の責任において胸を張って出版されるもの。
だから国会図書館は書籍は全部所蔵し、一般個人のHPはしないと決めたのだと思う。価値があるないではなく、節目があるかないか?の違い。
著者はプロであるにも関わらず、この意識が薄いととても感じた。
根拠の薄い憶測、裏づけ資料への労力もない、個人を出ない情報量と経験。
まるでブログの調子で書いている気がしてならない。いや、しっかり書いているブロガーの方がもっと下調べと責任感を感じる。その調子で1380円もする書籍を作られたのでは、たまったもんじゃない。
ブログというメディアを知っているプロのライターだからこそ、
ブログと書籍を使い分けてほしかった。
この内容がブログで(もちろん無料で)公開されていたならば、
話題になったかも?と思うのだが…。
ってかねぇ、返せ1380円!(^^;
実は私もこの本、書店で手にとって悩みました。
が・・・。スローブログ宣言って、それってそのまんま今の私のブログ状態なので、それでいいんじゃん?って結論で、購入却下されましたです。
まぁね、「自分なりのペースでやりゃぁいいんだよ、ブログなんてもんは」てな意見は、その辺のブログやBBSで嫌ってほど書かれてる内容なんで、それを宣言してもなぁ……という印象でしたが。
やっぱしそのままの内容でしたか(T_T)
でもほら、1380円は、ネタ代だったってことで(^^ゞ
っという低次元でも意見が書いてあればいいのですが、それすらもなかった。という悲しさ。